大阪高等裁判所 平成元年(ネ)225号 判決 1989年8月30日
控訴人 金義孝 ほか二名
被控訴人 国 ほか一名
代理人 白石研二 木村富保 ほか四名
主文
本件控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実
第一当事者の申立
一 控訴人ら
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、各自、控訴人らに対し、それぞれ金一〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年一一月二日から右支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
4 仮執行の宣言
二 被控訴人ら
1 主文と同旨
2 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
当事者双方の主張は、次のとおり付加、訂正するほか原判決事実欄に適示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(原判決の訂正)
1 原判決七枚目裏一行目から同八枚目表五行目までを削除し、六行目の「(2)」を「(1)」と、同一〇枚目表七行目の「(3)」を「(2)」とそれぞれ改める。
2 同一二枚目表一〇行目の「否認」を「否認する」と、同裏一一行目の「(二)の事実」を「(二)の(1)、(2)の各主張」とそれぞれ改め、同一三枚目表一一行目から同一六枚目表三行目までを削除し、四行目の「7」を「6」と、「3の(二)の(2)」を「3の(二)の(1)」と、同二〇枚目裏七行目の「3の(二)の(2)」を「3の(二)の(1)」と、九行目の「8」を「7」と、「3の(二)の(3)」を「3の(二)の(2)」と、同二一枚目裏一二行目の「7」を「6」と、同二二枚目表九行目の「(二)の(3)」を「(二)の(2)」とそれぞれ改める。
(控訴人らの当審における主張)
1 昭和四〇年一〇月二六日付の法務省見解は、外国人登録の国籍欄に記載された国籍は正に本人の国籍を示すものとしている。すなわち、同見解は同国籍欄を「朝鮮」から「韓国」へ書き換えるに際し、(一)韓国代表部発行の国民登録証を提示する場合(大部分がこれに該当する)と、(二)本人の自由意思に基づく申立てによる場合とがあったが、(一)の場合は勿論のこと、(二)の場合においても同国籍欄の「韓国」との記載について「長年にわたり維持され、かつ実質的に国籍と同じ作用を果たしてきた経緯等に鑑みると、現時点からみれば、その記載は大韓民国の国籍を示すものと考えざるを得ない」と言明している。
2 右法務省見解の本当の目的は、右(二)の場合において、(一)の場合のような提出書類がなくても、長年の経過からみて外国人登録証明書の国籍として「韓国」の記載があった場合、当該人の国籍を韓国とするというところにその狙いがあるのである。したがって、その結果として、同見解は、国籍を「朝鮮」から「韓国」に書き換えた者が韓国以外の「朝鮮」に再度書き換えることは出来ないとしているのである。もし、原判決のいうように、外国人登録済証明書の国籍欄が国籍を示すものではないとするなら、右の「韓国」から「朝鮮」への国籍欄の再書換は認められるべきものであろう。
3 原判決は、右法務省見解を外国人登録証明書上の国籍欄の記載を「朝鮮」から「韓国」に書き換えた者が、「朝鮮」に再度書き換える場合にのみ、右国籍欄の記載を国籍を示すものであると誤解してこれを狭く解している。しかし、国籍「韓国」の記載が韓国たる国籍を示すものでないならば、本人の希望だけで書換えを許すのが何故不当であるのか、そして、本人以外の如何なる者の希望あるいは承認があるときに如何なる書類を提出すれば書換えが許されるのかの点につき原判決は何ら説明しておらず、結局、原判決は右法務省見解を「朝鮮」への再書換えの場合のみに不当に制限して解釈したものであり違法である。
(被控訴人らの当審における主張)
1 外国人登録の国籍欄に記載された国籍の表示は、一応当該外国人の国籍を示すものである。しかし、それは同欄には本来その人の国籍を記載するものとされていること、及びその国籍を確認する方法として、その人の属する国の権限ある機関の発給した国籍を証する文書、例えば、その所持する旅券、国籍証明書が提出されているという裏付けがあるからである。したがって、同欄に、国籍ではなくかって日本の領土であった朝鮮半島から来日した朝鮮人を表示する用語である「朝鮮」と記載されている者については勿論、たとえ国籍の記載がなされていても旅券等による裏付けのない者については、同欄の記載に基づいてその人の国籍を認定することは出来ない。
2 前記法務省見解も、その経緯及び前後の文脈から明らかなとおり、外国人登録上の国籍欄の記載を「朝鮮」から「韓国」に書き換えた者の国籍を韓国と認定するとまでは言っていないのである。すなわち、同見解は、右書換えをした者の中には、控訴人ら主張の(一)の場合と(二)の場合があるところ、(一)の場合は、「韓国」又は「大韓民国」の記載は本人の国籍を示すものとして認識すべきであるが、(二)の場合については、その記載のみからは(一)の場合と区別できないし、また、その後、韓国の国民登録をしていることも考えられるので、「現時点からすれば、その記載は大韓民国の国籍を示すものと考えざるを得ない。」としているにすぎず、(二)の場合についてまで進んでその人の国籍を「韓国」と断定しているものではないのである。
3 むしろ、右法務省見解は、当時、外国人登録上の国籍欄の記載を「朝鮮」から「韓国」に書き換えた者の一部から「朝鮮」に再書換えを希望する者があり、しかもそれらの者はあたかも本人の希望だけで自由に国籍の書換えができるものと誤解する向きがあって大いに紛糾したため、その情勢に鑑み、国籍の取得変更は国家とその構成員たる国民との間の問題であり、他国がこれを勝手に決定したり決定に介入すべきではないこと、また自己の国籍をその意思のみによって自由に定めることが出来ないという国籍の原則論に立って、まずその国籍自体の変更の証明がない限り本人の希望だけで再書換えをすることは出来ないという当然のことを明示したにすぎない。
なお、右「朝鮮」への書換えが許されないというのは、前記のとおり、外国人登録の国籍欄には国籍の明らかな者については国籍そのものを記載すべきであり、「朝鮮」という表示はあくまで便宜の表示にすぎないから、一旦、韓国の国籍にあることが明らかになった以上、その後本人が希望するからといって便宜の用語に戻すことは出来ないという趣旨であるから、韓国国民登録もしておらず、また旅券の所持や協定永住許可を取得していないといった韓国の国籍が明らかでない者についてまで「朝鮮」へ訂正することを否定するものではない。
4 以上のように、外国人登録上の国籍欄の「韓国」の記載は一応大韓民国の国籍を示すものということができるが、外国人登録証明書は日本政府が発行するものであるところ、前述のとおり韓国駐日代表部発行の国民登録証の提示をしないで記載されたものもあり、またその後その者の国籍が変動している場合も考えられるから、右記載は絶対のものではない。すなわち、国籍の取得変更の決定はあくまでもその者の所属する国の専権事項であるから、韓国の国籍についても、一般外国人の場合と同様に大韓民国発行の旅券又は国籍証明書によってのみこれを認定すべきであって、朝鮮人についてのみ一般外国人と別異に取り扱う必要はない。
5 以上の次第で、第二五九四号通達には何らの違法はなく、右通達に基づいてなした本件処理にも何らの違法はない。
第三証拠関係 <略>
理由
一 当裁判所も、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がなくこれを棄却すべきであると判断するが、その理由は、次のとおり付加、訂正するほか、原判決の理由説示のとおりであるから、ここにこれを引用する。
(原判決の訂正)
1 原判決二三枚目裏一行目の「(一)、(三)」の次に「の各事実」を加え、六行目の「(七)の各事実」を「及び同(七)のうち、堺市役所戸籍課長が控訴人らからの職権による戸籍訂正の申出を拒絶したこと」と、同二四枚目裏一行目の「種々」を「次の各」とそれぞれ改め、三行目から同二八枚目裏二行目までを削除する。
2 同二八枚目裏三行目の「(二)」を「(一)」と改め、五行目の「<証拠略>」を削除し、六行目の「<証拠略>」の次に「<証拠略>」を加え、同二九枚目表一一、一二行目の「前記のとおり、」を削除する。
3 同二九枚目裏末行目の「たのである。」の次に、「例えば、本件のように、朝鮮人男性が日本人の子を認知するため認知届書を出す場合には、法務省民事局長通達(昭和二八年七月七日民事甲第一一二六号、昭和三〇年二月九日民事甲第二四五号)により、朝鮮人に関する便宜の処置として、一般の外国人に要求される本国官憲発行の要件具備証明書の提出を求めることをしないで、その代わりにこれらの証明書を提出できない旨の申述書とその身分関係を証する戸籍謄抄本又は本人の外国人登録済証明書を提出させ、これらの資料に基づいて市町村長が要件を具備しているか否かの審査をした上でその届書を受理してもよいものとされ、また、この場合、届書の記載は本人の希望により国籍「朝鮮」という用語に代えて「韓国」又は「大韓民国」という用語を用いても差し支えないが、戸籍の記載はたとえ届書に国籍「韓国」又は「大韓民国」と記載されていても、右記載にかかわりなく一律に国籍「朝鮮」と記載するものとされていたのである。」を加える。
4 同三〇枚目表五行目から一〇行目までを「ところが、昭和四一年一月一七日にいわゆる日韓条約が発効して、東京には大韓民国大使館が、又、東京、横浜、名古屋、大阪、神戸、広島、福岡、札幌、仙台には同国領事館がそれぞれ開設され、在日朝鮮人のうち韓国国籍を有する者は右大使館等において自己の国籍証明書を発給して貰えるようになったことから、前記の取扱いは、第二五九四号通達により、認知届書に自己の国籍を「韓国」又は、「大韓民国」と記載して認知届出があった場合において、その届書に韓国官憲発給の旅券の写し又は国籍証明書が添付されているときは、その者の国籍の表示に関する戸籍の記載は「韓国」として差し支えないが、これらの証明資料を添付しないときは、戸籍の記載は従前どおり「朝鮮」とするものとするというように一部変更された。」と改め、同末行目の「登録が」の次に「通常」を、同三二枚目表三行目の末尾に「しかし、控訴人金については右永住許可の記載はない。」をそれぞれ加え、同三三枚目表八行目の「(三)」を「(二)」と改める。
(控訴人らの当審における主張に対する判断)
1 控訴人らは、まず、第二五九四号通達が昭和四〇年一〇月二六日付の法務省見解に違反する旨主張するが、右見解は、外国人登録証明書の国籍欄の「韓国」の記載をもって当該人の国籍を「韓国」と断定しているものではなく、この者についても、韓国当局による「韓国」国籍の証明が出来ないときは、これを「朝鮮」と再度書き換える余地は理論上残されているものと解するのが相当である。したがって、右通達と法務省見解との間には、基本的な趣旨、解釈の相違はないから、控訴人らの右主張は採用することが出来ない。
2 次に、控訴人らは、原判決は、右見解につき、本人の希望だけで書換えを許すのが何故不当であるのか、どのような条件で右書換えが許されるかについて説明をしていない旨主張するが、国籍の取得変更の決定は、あくまでもその者の所属する国の専権事項であるという基本的な認識に欠けるものであり、本件について言えば、控訴人金は韓国当局による「韓国」国籍の証明を必要とするところ、現在では、事情の変更により右証明は容易に得られるものというべく、控訴人金においてこれを証明することなく単に原判決を非難するのはこれを正解しないものであり、採用することが出来ない。
二 してみれば、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 大和勇美 久末洋三 稲田龍樹)
【参考】第一審(大阪地裁昭和六一年(ワ)第九五七六号 平成元年一月二六日判決)
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告ら
1 被告らは各自、各原告に対し、金一〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年一一月二日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
2 訴訟費用は、被告らの負担とする。
3 仮執行宣言。
二 被告ら
1 主文一、二項と同旨。
2 仮執行宣言が付される場合における、担保を条件とする仮執行免脱の宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らの地位
原告金義孝(以下「原告金」と言う。)は、昭和二四年一〇月四日大阪市生野区において韓国人の父金賛玉、母高太福の次男として出生した韓国人である。原告金は、昭和二五年一月二六日外国人登録法上の国籍を「朝鮮」から「韓国」に変更し、自己の外国人登録済証明書(以下「本件登録証明書」と言う。)にその旨の記載を得た。
原告金は、昭和五二年一〇月に中野和代(以下「中野」と言う。)と事実上の婚姻関係となり、右両人の間に、昭和五三年一〇月六日長女原告中野和泉(以下「原告和泉」と言う。)が、昭和五五年六月二六日次女原告中野真百(以下「原告真百」と言う。)がそれぞれ出生した。
2 本件戸籍事務処理をめぐる紛争の経過
(一) 原告金は、原告和泉、原告真百(右両名を、以下「原告和泉ら」とも言う。)の認知届出手続をするに先立ち、昭和五五年八月二九日ころ、堺市役所美木多出張所(以下「本件出張所」と言う。)に対し右認知届出手続に持参すべき必要書類について問合わせをした。その際、原告金は、自己の国籍は韓国であること、被認知者である二人の子供はその母中野を筆頭者とする戸籍(以下「本件戸籍」と言う。)に入つていることを告げた。
右問合わせに対し、本件出張所の戸籍事務担当者の回答は、韓国人男が日本人女の嫡出でない子を認知する本件の場合、父である韓国人男の外国人登録済証明書と印鑑を持参して認知者自ら出頭して認知届を提出して下さいと言うものであつた。
(二) 原告金は、昭和五五年八月三〇日、本件登録済証明書と印鑑を持参して本件出張所に出頭し、本件登録済証明書を添付したうえ、認知者の国籍を「韓国」と記載した認知届書を作成して届け出た(右届出を、以下「本件認知届出」という。)。
(三) 原告金は、本件戸籍の原告和泉らの各身分事項欄(以下「本件各身分事項欄」と言う。)には「昭和五五年八月三〇日国籍韓国金義孝認知届出」と記載されていると信じていたのに、昭和六〇年二月原告和泉の小学校入学手続のために本件戸籍謄本を取り寄せたところ、本件各身分事項欄には「昭和五五年八月三〇日国籍朝鮮金義孝認知届出」と記載されていることが判明した。
(四) 原告金は、ただちに本件出張所の戸籍事務担当者に対し、原告金の国籍の記載が「韓国」ではなく「朝鮮」とされていることは戸籍事務担当者の誤りに基づくものであるとして、これを訂正するよう求めた。
しかし、右戸籍事務担当者は、本件の韓国人男が日本人女の嫡出でない子を認知する場合の手続は堺市役所本庁の戸籍課の指示に則つたものであるから、戸籍事務担当者には何ら手落ちはなく、原告金の求める訂正には応じられないとして、堺市役所本庁の戸籍課へ直接話をするよう促した。
(五) 原告金が堺市役所本庁の戸籍課長と直接会つて話をしたところ、同課長からの回答は、法務省民事局長の「朝鮮人の国籍の表示に関する戸籍事務取扱の変更について」と題する通達(昭和四一年九月三〇日付民事甲第二五九四号各法務局長、地方法務局長宛民事局長通達、以下「第二五九四号通達」と言う。)の第一項には、「一、戸籍の届書に国籍を「韓国」又は「大韓民国」と記載して届出があつた場合において、その届書に韓国官憲発給の旅券の写し又は国籍証明書が添付されているときには、その者の国籍の表示に関する戸籍の記載は、「韓国」としてさしつかえない。なお、これら証明資料を添付しないときには、戸籍の記載は従前どおり「朝鮮」とする。」となつているところ、原告金の原告和泉らに対する認知届出手続においては、その認知届書に韓国官憲発給の旅券の写し又は国籍証明書が添付されておらず、ただ本件登録済証明書のみが添付されていたにすぎなかつたから、本件出張所の戸籍事務担当者が第二五九四号通達の第一項後段に従い、本件各身分事項欄の記載において原告金の国籍を「朝鮮」と記載したことは適法なものであり、それゆえ原告金の求める職権訂正には応じることはできないと言うものであつた。
(六) 原告金は、戸籍事務に関する監督官庁である大阪法務局戸籍課に対しても、職権訂正するように求めたが、その回答も第二五九四号通達を理由に右職権訂正には応じることはできないと言うものであつた。
(七) その後、原告訴訟代理人と当時の大阪法務局戸籍課長との交渉の結果、本件各身分事項欄中の原告金の国籍を韓国官憲発給の国籍証明書等を添付しなくても「朝鮮」から「韓国」に訂正すると言うことでまとまつたので、昭和六〇年一一月一五日、原告金と原告訴訟代理人が堺市役所戸籍課を訪れ、申出によらない方法により堺市長の職権で戸籍訂正をすることを求めた。
しかし、堺市役所戸籍課長は、前同様、申出による方法でなければ訂正はできない旨説明し、誤記ではないという理由で職権による戸籍訂正(戸籍法二四条)を拒絶した。
(八) 原告らは、やむをえず戸籍法一一三条に基づき大阪家庭裁判所堺支部の戸籍訂正の許可の審判を得て、本件各身分事項欄中の原告金の国籍を「朝鮮」から「韓国」へ訂正した。
3 被告国の責任
本件戸籍事務処理は、以下に述べるとおり、被告国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行うについて故意又は過失によつて違法になした加害行為であるから、被告国は、国家賠償法一条に基づいて、右加害行為により原告らが被つた後記損害を賠償する責任がある。
(一) 人の身分関係を公証する戸籍に関する事務は、国家賠償法一条一項の「公権力の行使」に該当する事務であつて、本来被告国の行政事務であるが、被告国はこれを、住民と最も密接な関係にあり戸籍簿を日常の行政に利用している市町村長に委任して取扱わせているものである(戸籍法一条)。本件戸籍事務処理は、被告国からの右機関委任事務の受任者である堺市長が国家賠償法一条一項の「国の公権力の行使に当る公務員」としてこれを行つたものである(なお、本件出張所の戸籍事務担当者は堺市長の手足として本件戸籍事務処理を補助したものにすぎない。)ところ、本件戸籍事務処理には後記(二)の各点において違法性がある。
また、戸籍事務は全国的に統一された処理が必要であるので、監督機関として法務局又は地方法務局の長がその管轄内の市町村長による戸籍事務を監督する義務を負つているものであり(戸籍法三条)、堺市長の行う戸籍事務処理については大阪法務局長がその監督義務を負つているところ、大阪法務局長は、右監督義務を怠り、堺市長が前記違法行為を行うのを許容した。
(二) 違法性
(1) 堺市長(具体的には、本件出張所の戸籍事務担当者。以下同じ。)の説明ミス
本件認知届出に際し、本件各身分事項欄中の原告金の国籍を「韓国」と記載するためには韓国官憲発給の国籍証明書等が必要であつたのであれば、堺市長は、原告金の事前の問合わせ及び届出に際して指示説明すべきであつた(ちなみに、右指示説明があつたとすれば、原告金は右書類を用意できたのである。)のに、これをしなかつた。なお、被告らは、堺市長としては原告金から自己の国籍を「韓国」と記載して欲しいとの特別の申出がなかつたから右指示説明をすべき義務はなかつた旨主張するが、原告金が認知届書に自己の国籍を「韓国」と記載し本件各身分事項欄中の自己の国籍を「韓国」と記載して欲しい旨希望していることを明らかにしたのであるから、堺市長は原告金に対し右希望に沿つた指導をすべきであつたのであり、同市長がこれをしなかつたのは違法である。
(2) 違法な第二五九四号通達に盲目的に従つた違法
堺市長は、第二五九四号通達が以下のとおり違法であるのに、違法にも盲目的にこれに従つて本件戸籍事務処理をした。
(ア) 第二五九四号通達には、国籍「韓国」の記載がある外国人登録済証明書に従つて国籍を認定しない違法がある。すなわち、第二五九四号通達は、戸籍法に関する内部的解釈指針にすぎないから外国人登録法上の解釈指針である後記(a)の昭和四〇年一〇月二六日付法務省見解を修正・変更できないにもかかわらず、後記(1)のとおりこれを修正・変更した違法が存する。
(a) 昭和四〇年一〇月二六日付法務省見解は外国人登録上国籍「韓国」と記載されている者の国籍は韓国であると言う。
元来、戸籍法は、国民各人の身分関係を明確にするのが立法目的であるのに対して、外国人登録法は、日本に在留する外国人の身分関係を明確にするのが立法目的であるから、右両法の立法目的は区別される。しかし、日本国内で生じた渉外的身分関係については右両法は密接な関係を有する上、外国人登録法の立法目的に言う身分関係には国籍も含まれるのであるから、外国人登録済証明書の国籍の記載はその外国人の国籍を日本国が公証していることを意味するのであり、昭和四〇年一〇月二六日付法務省見解は、このことを前提として、外国人登録上国籍「韓国」と記載されている者の国籍は韓国であるとの解釈指針を外部的に発表したもので、宣言的効力を有するものである。
(1) ところが、第二五九四号通達は、外国人登録済証明書に国籍「韓国」と記載されている者の国籍についてこれを「朝鮮」と取り扱うよう指示するものであり、前記(a)の昭和四〇年一〇月二六日付法務省見解を違法に修正・変更するものである。
(イ) 第二五九四号通達には、韓国国籍認定資料の証拠価値を誤つている違法がある。すなわち、
協定永住許可申請の国籍証明の添付書類と国籍「朝鮮」から国籍「韓国」への国籍変更申請の際の国籍証明の添付書類は同一であるから、国籍「韓国」の記載のある外国人登録済証明書と永住許可事項の記載のあるそれとでは韓国国籍認定資料として証拠価値において何ら差異がないのに、第二五九四号通達は、違法にも、韓国国籍認定資料としては国籍「韓国」の記載のある外国人登録済証明書では不可で、永住許可事項の記載のある外国人登録済証明書でなければならないとした。
(ウ) 第二五九四号通達は「韓国」、「朝鮮」の意義を間違つて解釈した違法がある。すなわち、戸籍は真実のみを記載すべきであるのに本来存在しない国家である「朝鮮」という記載をした。
(3) 準拠法決定における国籍の認定と矛盾する違法
認知届の受理に際しては、認知の要件の準拠法を決定するために認知者(父)本国がどこであるかをまず確定する必要があるところ、堺市長は原告金の国籍を「韓国」と認定の上本件認知届出を受理しながら、他方では違法にも、本件各身分事項欄中に原告金の国籍を「朝鮮」と記載した。
4 被告堺市の責任
被告堺市の堺市長の行う戸籍事務に関する費用の負担者であるから、国家賠償法三条一項に基づいて、前記加害行為により原告らが被つた損害を被告国と連帯して賠償する責任がある。
5 原告らの損害
原告金は自己が韓国人であることに名誉を有しており、また国籍は氏名権と同じく人格権の一つである(仮にそうでないとしても、原告金の法的に保護さるべき利益の一つである)ところ、前記2、3のとおり堺市長は本来存在しない国家である「朝鮮」の記載をもつて原告金の国籍を認定して違法に原告金の右権利等を侵害し、大阪法務局長は右違法行為を加功した。
原告和泉らは、日本人であるが、自分らは韓国人の子供であることを認識し、韓国と言う国家に対する愛情、誇りなどを伴つた韓国人の子供であるとの名誉をはじめとする人格権ないし法的に保護さるべき利益を有しているところ、大阪法務局長の加功する堺市長の前記違法行為により右権利等が侵害された。
右権利等が侵害されたことにより、原告らは多大の精神的苦痛を被つた。この精神的苦痛は金銭に評価しうる程度のものではないが、現法体系においては金銭による賠償でもつてこの苦痛を和らげるほかはない。そこで、金銭の額を評価すれば各原告毎に一〇〇万円を下らない。
6 よつて、原告ら各自は被告ら各自に対し、前記慰藉料一〇〇万円の内一〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六一年一一月二日から支払い済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否及び反論
1 請求原因1の事実中、原告金が韓国人の父金賛玉の次男として出生した韓国人であること及び原告金が昭和五二年一〇月に中野と事務上の婚姻関係となつたことは不知。その余は認める。
2 同2の(一)の事実は不知ないし争う。
同2の(二)の事実は認める。
同2の(三)の事実中、原告金が昭和六〇年二月原告和泉の小学校入学手続きをなすために本件戸籍謄本を取り寄せたことは否認。原告金から本件戸籍謄本の請求があつたのは昭和五九年八月三日である。本件各身分事項欄には「昭和五五年八月三〇日国籍朝鮮金義孝認知届出」と記載されていることは認める。その余の事実は不知。
同2の(四)の事実は、「ただちに」との点を除き、その余を認める。
同2の(五)、(六)、(八)の各事実は認める。
3 同3の冒頭の主張は争う。
同3の(一)の事実は、堺市長の本件戸籍事務処理に原告ら主張の違法性があるとの点及び大阪法務局長は堺市長に対する監督義務を怠り同市長が原告ら主張の違法行為を行うのを許容したとの点を争い、その余を認める。
同3の(二)の事実は争う。
4 同4の事実は争う。
5 同5の事実は否認する。
戸籍に国籍「朝鮮」と記載されても今日通常人の認識において朝鮮イコールマイナスイメージとはいえず、また、戸籍が日常頻繁に用いられていない実情に照らせば、日常的に公然と原告らの法益を侵害し続けるものとは言えない。したがつて、被告らの本件戸籍事務処理が原告らに対し、損害賠償責任を肯定すべきほどの強度の法益侵害をもたらしたとはいえない。
仮に法益侵害が発生したとしても、すでに戸籍訂正がなされていることに徴すれば、原告らの賠償請求は権利の濫用に当たる。
6 請求原因3の(二)の(1)の主張に対する反論
(一) 一般に在日朝鮮人の男性が日本人の子を認知するに当つて、必要書類の問合わせがあつた場合には、堺市長は、特別な申出のない限り、外国人登録済証明書と印鑑を持参するようにと説明しているものであり、本件においても原告金から特別の申出がなかつたので同様の説明をしたものである。しかし、右説明は、あくまでも認知の要件が具備しているか否かを審査して当該認知届出の受否を決定するのに必要な書類について説明するものであつて、認知者の国籍を認定するのに必要な書類についてまで説明するものではない。
本来、婚姻等の特定の身分行為に関する届出を受理する場合には、その者の本国官憲発給の婚姻等特定の身分行為についての要件具備証明書を提出させ、その要件に欠陥のないことを確認した上で当該届出を受理すべきであるが、在日朝鮮人については、右証明書の発給を受けることが困難な事情に有ることも少なくないため、本人の外国人登録済証明書(発行の日から一か月以内のもの)等の書類を提出させこれによつて特定の身分行為についての要件の有無を審査して届出を受理するか否かを決することとしているのである。
堺市長の右説明は、右のような実情に基づいて、在日朝鮮人の男性が日本人の子を認知する場合には、堺市長において認知の要件が具備しているか否かを審査して当該認知届出を受理するかを決定するための資料等として、外国人登録済証明書と印鑑が必要である旨を説明するにとどまるものである。従つて、認知届出の際に外国人登録済証明書を添付することにしているのは、戸籍の身分事項欄に国籍を記載するためではないのである。
(二) そして、戸籍に関する届出についての問合わせがされる際には、届出をしようとする者にとつては専ら右届出が受理されるか否かについて関心があるものと考えられること、戸籍事務担当者は迅速かつ画一的な戸籍の処理を行う必要があるため届出が受理されるのに必要最小限の書類等を説明すれば足り、その余の点については特別な申出があつた場合に限りこれを説明すれば足りると考えられること、さらに朝鮮半島に統一国家が樹立されず、大韓民国と朝鮮民主主義人民共和国(以下「北朝鮮」という。)とが互いに利害を異にすることが多い現状において、戸籍上の届出をした個々の在日朝鮮人に対し右両者のいずれに属するかを詮索し尋問することは戸籍の窓口で無用のトラブルを起こす恐れがあることに鑑みれば、堺市長が原告金に対してした前記(一)の説明に何ら欠けるところはないというべきである。
なお、原告らは、原告金は認知届書に自己の国籍を「韓国」と記載し本件各身分事項中の自己の国籍を「韓国」と記載して欲しい旨明らかにしたのであるから堺市長は原告金に対し右希望に沿つた指導をすべきであつた旨主張するが、特別な申出があつたといえるには、届書に認知者の国籍を「韓国」と記載した上、届書のその他の欄に父の国籍は「韓国」と記載して欲しい旨記載するか、口頭でその旨の申出をすることを要し、単に届書に認知者の国籍を「韓国」と記載していることをもつて特別な申出があつたとは言えないから、原告らの右主張は理由がない。
(三) 以上要するに、堺市長は原告金に対し本件各身分事項欄中に原告金の国籍を「韓国」と記載するための必要書類についてまで説明する義務はなかつたのであり、堺市長の原告金に対する前記説明には違法性はなく、請求原因3の(二)の(1)の主張は理由がない。
(四) なお、原告金から戸籍の記載の訂正の申出があつた際、堺市長は、戸籍事務担当者等を通じて、原告金に対し同人が韓国籍を有することを証する韓国の権限ある官憲の発給する証明書があれば、国籍を韓国に訂正する旨指導したが、原告金は何らそのような書面を提出しなかつた。
7 請求原因3の(二)の(2)の主張に対する反論
(一) 日本人が外国人と婚姻等し、又は外国人を認知し若しくは外国人から認知された場合には、当該日本人の戸籍の身分事項欄に外国人が記載されることがあるが、このときには、戸籍手続上、当該外国人を特定する等のために氏名の他にその者の国籍、生年月日を記載することとしている。ところで、ある国の国籍を有するか否かは専ら当該国が決定する事項であつて、日本国はもちろん他の国が自国籍以外の者について自由にその者の有する国籍を決定することはできないのである。本件についていえば、韓国政府のみが原告金が韓国国籍を有するか否かを決定することができるのであつて、日本政府は韓国政府がその国籍を有することを証明しない限り、原告金が韓国国籍を有することを認定することができないのである。そのため戸籍の記載の原因となる届出の屈書にはその者の国籍を記載させるとともに、当該外国人が当該国籍を有することを当該国の権限ある官憲の発給する証明書により証明させることとしている。
(二) この国籍を証する証明書としては、当該外国人が特定の身分行為をするについてその要件を具備していることを証するその本国の権限ある官憲が発給する証明書(いわゆる要件具備証明書)、同旨の当該外国人が在日外国公館の領事の面前でした宣誓供述書、旅券等がこれに当る。
(三) ところで、戸籍実務上は、国籍を証する証明書としては、前記の書面以外にも、外国人登録済証明書であつてもよいものとされているが、それは外国人登録における国籍の登録が本国の権限ある官憲の発給するその国籍を証する書面により行われているからである。しかしながら、韓国国籍については、次の理由により、外国人登録済証明書に国籍「韓国」と記載してあつたとしても、これによつては韓国国籍を有することを証明することができないのである。すなわち、
(1) 朝鮮人については、昭和二七年に日本国との平和条約が発効するまでは日本国民であつたが、昭和二二年に施行された旧外国人登録令上は、当分の間、これを外国人とみなすものとされた(同令一一条)。そのため、これらの者は外国人登録を要することとなつたが、外国人登録事務上はその「国籍」の表示として「朝鮮」と記載するものとされた。このように「朝鮮」と表示したのは、朝鮮半島から来日した朝鮮人を示す趣旨であつた(昭和二五年二月二三日法務総裁談話、昭和四〇年一〇月二六日政府見解二項参照)。
(2) ところが、前記の法務総裁談話にもあるとおり、外国人登録事務の取扱上、本人が希望する場合には「国籍」の表示を「朝鮮」という用語に代え「韓国」又は「大韓民国」という用語を使用して差し支えないこととされたが、昭和二六年一月一二日付管二二合二七号出入国管理庁長官通達(同年二月二日付管二二合一〇九号同長管通達参照)により、「朝鮮」から「韓国」又は「大韓民国」に表示を変更しようとするには、韓国駐日代表部の発行した「大韓民国国民登録証」を添付して申請しなければならないこととされるまでは、申請をする者が「韓国」に属することを証する書面を添付することを要しないで、その者の希望のみで外国人登録事務取扱上その者の「国籍」の表示として「韓国」と記載することが認められていた。
(3) このように、前記昭和二六年一月一二日付出入国管理庁長官通達による取扱いの前に「国籍」として「韓国」又は「大韓民国」の表示で外国人登録した者については、「韓国」に属することの証明を要しないで「韓国」と記載されているものがあるから、外国人登録の記載のみによつてはその者が韓国国籍を有するものと認めることができないのである。
(四) そのため、現在の戸籍事務の取扱上は、戸籍の届書に国籍を「韓国」と記載して届出があつた場合において、その届書に韓国の権限ある官憲の発給した旅券又は国籍証明書が添付されているときは、その者の国籍の表示に関する戸籍の記載は「韓国」として差し支えないが、これらの資料を添付しないときには、戸籍の記載は従前どおり「朝鮮」とし、平和条約発効後従前の取扱いにより国籍を「朝鮮」と記載しているものについても、届出人又は事件本人から韓国の権限ある官憲の発給した前記書面を添付して「韓国」に訂正するよう申出があつた場合には、前記に準じて訂正して差し支えないものとしており(昭和四一年九月三〇日付民事甲第二五九四号法務省民事局長通達一、四項)、国籍を「韓国」と表示する外国人登録済証明書のみによつては、戸籍にその者の国籍を「韓国」と記載することはできないものとされているのである。
なお、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法四条に基づく永住の許可を受けている者については、その者が韓国国籍を有していることを確認した上で協定永住の許可が与えられているので、外国人登録済証明書に協定永住許可事項の記載のある場合には、この外国人登録済証明書によつても戸籍上国籍を「韓国」と記載することが認められている(昭和四二年六月一日民事甲第一八〇〇号法務省民事局長通達)。
(五) 原告金は、本件認知届出をするに際し、本件登録済証明書(協定永住許可事項の記載のないもの)のみを添付し、その他原告金が韓国国籍を有することを証する韓国の権限ある官憲の発給する証明書を添付しなかつたのであるから、本件認知届出により本件各身分事項欄中に原告金の国籍「朝鮮」と記載したのは相当なものである。しかも、原告金の外国人登録の「国籍」は、原告ら主張のとおり昭和二五年一月二六日に「朝鮮」から「韓国」に書き換えられたもので、前記(三)(2)にあるとおり韓国に属することを証明することを要しないで書換えが認められた時代のものであつて、その外国人登録済証明書によつては原告金が韓国国籍を有することを証明することができないのである。
(六) 堺市長は以上の理由から本件各身分事項欄中の原告金の国籍を「朝鮮」と記載したのであるが、このように国籍「朝鮮」と記載してあるのは、戸籍事務上「朝鮮」を国籍として扱つているのではなく、当該者が韓国国籍を有することが明らかではないが、朝鮮半島に属する者であることから、当該者を特定するために国籍に代えて、歴史的由来により朝鮮半島から来日した朝鮮人を示す用語として使用しているのであつて、何ら国籍を表示するものではない。
(七) 以上のとおり、請求原因3の(二)の(2)の主張はいずれも理由がない。
8 請求原因3の(二)の(3)の主張に対する反論
(一) 確かに、認知の要件については、法例一八条により、父に関しては父の属する国の法律によつて定めることとされ、いわゆる本国法主義を採用しているため、認知する者が外国人である場合には、その者の国籍を認定しなければならないものである。
(二) ところが、その父の属する国がいわゆる分裂国家の場合については、法例の適用上、父の本国法とは、日本国が当該国家又は政府を承認しているか否かにかかわりなく、分裂国家のうちその父がその生活関係上最も密接な関係を有する国家又は政府の法律が指定されるべきものであり、その父がいずれの国家又は政府に最も密接な関係を有するか明らかでない場合には、日本国が承認している国家又は政府の法律を適用すべきものである。
したがつて、父が朝鮮人である場合において、日本国が承認していない北朝鮮に属していることが明らかなときは、北朝鮮の法律を適用することになるが、右以外の場合は、日本国が承認している韓国の法律を適用すべきことになる。
(三) 本件認知届出について言えば、届書、その添付書面その他市区町村長の形式審査権上留意すべき資料上、原告金が朝鮮人であることは認められたが、北朝鮮に属することを示すものはなかつたため、堺市長としては、認知する父側の要件について指定される準拠法として韓国法を適用すれば足り、しかも、原告金は外国人登録済証明書上国籍を「韓国」、住所も「韓国」のそれを表示され、認知届書上も国籍を「韓国」と記載してあつたため、これのみでは原告金の国籍を韓国と認定できないことは前記7記載のとおりであるが、原告金がその生活関係上韓国に密接な関係を有することが推認されるため、認知の父側の要件についての準拠法として韓国法を適用することについては、原告金の国籍を認定するまでもなかつたものであり、現に堺市長は原告金の国籍が韓国であることを認定することなく、本件認知届出を処理したものである。
(四) したがつて、本件認知届出の受理の前提として原告金の国籍を韓国と認定したものとする請求原因3の(二)の(3)主張は、前提において失当である。
第三証拠 <略>
理由
一 原告らの地位
請求原因1の事実中、原告金が韓国人の父金賛玉の次男として出生した韓国人であること及び原告金が昭和五二年一〇月に中野と事実上の婚姻関係となつたことを除くその余の事実は当事者間に争いがなく、右に除外した事実は<証拠略>によりこれを認めることができる。
二 本件戸籍事務処理をめぐる紛争の経過
請求原因2の事実中、(二)、(四)(但し、「ただちに」との点を除く。)、(五)、(六)、(八)の各事実は当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、請求原因2の(一)、(三)(但し、「昭和六二年二月原告和泉の小学校入学手続のために」とあるのは「昭和五九年八月三日原告真百の児童手当を申請するために」と改める。また、本件各身分事項欄には「昭和五五年八月三〇日国籍朝鮮金義孝認知届出」と記載されていることは当事者間に争いがない。)、(七)の各事実が認められ、証人吉田勉の証言中右認定に反する部分は前掲各証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
三 被告らの責任
1 人の身分関係を公証する戸籍に関する事務は国家賠償法一条一項の「公権力の行使」に該当する事務であつて、本来被告国の行政事務であるが、被告国はこれを、住民と最も密接な関係にあり戸籍簿を日常の行政に利用している市町村長に委任して取扱わせているものであること、本件戸籍事務処理は被告国からの右機関委任事務の受任者である堺市長が国家賠償法一条一項の「国の公権力の行使に当る公務員」としてこれを行つたものである(なお、本件出張所の戸籍事務担当者は堺市長の手足として本件戸籍事務処理を補助したものにすぎない。)こと及び戸籍事務は全国的に統一された処理が必要であるので監督機関として法務局又は地方法務局の長がその管轄内の市町村長による戸籍事務を監督する義務を負つているものであり、堺市長の行う戸籍事務処理については大阪法務局長がその監督義務を負つていることは、原告ら主張のとおりであり、被告らの認めるところでもある。
2 ところで、原告らは堺市長が行つた本件戸籍事務処理には種々違法性がある旨主張するので、以下右主張について順次検討する。
(一) 「説明ミス」について
<証拠略>によれば、以下の事実が認められる。
(1) 本件のように、朝鮮人男性が日本人の子を認知するため認知届書を出す場合には、法務省民事局長通達(昭和二八年七月七日民事甲第一一二六号、昭和三〇年二月九日民事甲第二四五号)により、朝鮮人に関する便宜の処置として、一般の外国人に要求される本国官憲発給の要件具備証明書の提出を求めることをしないで、その代りにこれらの証明書を提出できない旨の申述書とその身分関係を証する戸籍謄抄本又は本人の外国人登録済証明書を提出させ、これらの資料に基づいて市町村長が要件を具備しているか否かの審査をした上でその届書を受理してもよいものとされ、また、この場合、届書の記載は本人の希望により国籍「朝鮮」という用語に代えて「韓国」又は「大韓民国」という用語を用いてもさしつかえないが、戸籍の記載はたとえ届書に国籍「韓国」又は「大韓民国」と記載されていても、右記載にかかわりなく一律に国籍「朝鮮」と記載するものとされていた。
(2) ところが、昭和四一年一月一七日いわゆる日韓条約が発効して、東京には大韓民国大使館が、また、東京、横浜、名古屋、大阪、神戸、広島、福岡、札幌、仙台等には同国領事館がそれぞれ開設され、在日朝鮮人のうち韓国国籍を有する者は右大使館等において自己の国籍証明書を発給して貰えるようになつたことから、右(1)の取扱いは、第二五九四号通達により、認知届書に自己の国籍を「韓国」又は「大韓民国」と記載して認知届出があつた場合において、その届書に韓国官憲発給の旅券の写又は国籍証明書が添付されているときは、その者の国籍の表示に関する戸籍の記載は「韓国」としてさしつかえないが、これらの証明資料を添付しないときは、戸籍の記載は従前どおり「朝鮮」とするものとするというように一部変更された。
(3) ところで堺市長は、本件認知届出のなされた昭和五五年当時在日朝鮮人男性から日本人の子の認知届出をするための必要書類について問合わせがあつた場合には、一般に外国人登録済証明書と印鑑を持参するようにとのみ説明することとしており、本件のようにたとえ認知届書に自己の国籍を「韓国」と記載しても韓国官憲発給の旅券の写し又は国籍証明書を添付しないため第二五九四号通達による戸籍事務取扱上戸籍には国籍「朝鮮」と記載されることになる場合であつても、戸籍に自己の国籍を「韓国」と記載して欲しい旨の特別の申出がない限り、右記載に必要な書類についてはあえて指示説明しないこととしていた。
なお、堺市長がこのような取扱いをしていたのは、戸籍事務担当者は迅速かつ画一的な戸籍事務の処理を行う必要があるため届出が受理されるのに必要最小限の書類等について説明すれば足り、その余の点については特別の申出があつた場合に限りこれを説明すれば足りると考えられたこと、朝鮮半島に統一国家が樹立されず、大韓民国と北朝鮮とが互いに利害を異にすることが多い現状において戸籍上の届出をした個々の在日朝鮮人に対し右両者のいずれに属するかを詮索し尋問することは日本国内において在日朝鮮人の間に南北斗争を波及させ戸籍の窓口に無用のトラブルを起すおそれがあるため相当でないと考えられたこと等の理由に基づくものである。
(4) しかるところ、堺市長は、原告金から前記事前の問合わせ時及び本件認知届出時のいずれの時点においても前記のような特別の申出がなかつたため、前記(3)の取扱いに従い、原告金に対し本件各身分事項欄中の原告金の国籍を「韓国」と記載するのに必要な書類についてまで指示説明しなかつた。
以上の事実が認められ、原告金本人尋問の結果中右認定に反する部分は<証拠略>に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実及び前記二確定の事実によれば、より親切な行政を求める立場からは、堺市長としては、原告金が国籍「韓国」と記載のある本件登録済証明書の写を添付の上認知届書に自己の国籍を「韓国」と記載して本件認知届出をしたことから原告金が本件各身分事項欄中に自己の国籍を「韓国」と記載して欲しい旨希望していることを窺うことができたのであるから、原告金に対しこのままでは第二五九四号通達による戸籍事務取扱いにより本件各身分事項欄に記載すべき原告金の国籍は「朝鮮」となることを説明し、原告金が右の旨希望していることが明確になつた場合には、さらに右希望に沿つた指示説明をすべきであつたとの批判が可能である。
しかしながら、堺市長が右のような説明をしなかつたことが違法か否かということになれば、これは、以下に述べるとおり、堺市長の右不作為が違法であるとはとうていいえないというほかはない。
すなわち、堺市長の右不作為が違法であるといえるためには、その前提として堺市長において前記説明等をすべき法的な作為義務があるといえなければならないが、そもそも堺市長が戸籍事務を処理するに当り戸籍上の届出をしようとする者からの問合わせ等に対しどの程度の説明等をするかということは、堺市長の合理的な裁量に委ねられている事柄であつて、堺市長が前記認定の理由から原告金に対し前記説明等をしなかつたことは堺市長の右合理的な裁量の範囲内であるというべきであるから、前記認定の事実関係の下において堺市長に右作為義務があつたということはできない。それゆえ、堺市長の右不作為が違法であるということはとうていできない。
よつて、原告らの前記主張は理由がない。
(二) 「違法な第二五九四号通達に盲目的に従つた違法」について
<証拠略>によれば、以下の事実が認められる。
(1) 渉外的身分行為につき戸籍の届書を出す場合には、当該外国人の特定のため氏名、生年月日、国籍を記載することになつている。ところで、ある国の国籍を有するか否かは専ら当該国が決定する事項であつて、他の国が自国籍以外のものについて国籍を決定することはできないため、戸籍の記載の原因となる戸籍の届書にはその者の国籍を記載させるとともに当該外国人が当該国籍を有することを当該国の権限ある官憲の発給する証明書により証明させることとしている。そしてこの国籍を証する証明書としては、当該外国人が特定の身分行為をするについてその要件を具備していることを証するその本国の権限ある官憲が発給する証明書(いわゆる要件具備証明書)、同旨の当該外国人が在日外国公館の領事の面前でした宣誓供述書、旅券等がこれに当たる。
(2) ところが、従来、朝鮮人に関しては、前記のとおり、本国官憲発給の要件具備証明書等の提出を求めず、戸籍記載中の国籍の表示も一律に「朝鮮」としていたのであるが、その理由は次のとおりである。
すなわち、在日朝鮮人はかつては日本人であつたのであるが、昭和二七年四月二八日の平和条約発効によつて外国人となつたものであり、しかも朝鮮は同一民族でありながら南北二つの政府に対立する分裂国家である。そして在日朝鮮人の大部分は戦前から長く日本に居住しあるいは日本で出生したものであるから、自らの所属する政府発行の旅券や国籍証明書を所持しないものが殆どであり、彼らにその国籍を証明する資料の提出を求めることは困難であるため、在日朝鮮人については、便宜の措置として、戸籍記載中の国籍の表示は一律に「朝鮮」としてきたのである。なお、右の国籍「朝鮮」という表示は、戸籍事務上「朝鮮」を国籍として扱つているのではなく、当該者を特定するために国籍に代えて歴史的由来により朝鮮半島から来日した朝鮮人を示す用語として使用しているものである。
しかし、昭和四一年一月一七日日韓条約が発効したことに伴い、韓国の国籍を有する者は韓国の大使館または領事館において国籍証明書を発行してもらえることになつたことから、第二五九四号通達により右(2)の戸籍事務処理が前記(一)の(2)記載のとおり変更された。
(3) ところで、戸籍実務上は国籍証明書として外国人登録済証明書でもよいとされている。それは、外国人登録における国籍の登録が本国の権限ある官憲の発給する国籍を証明する書面により行われているからである。
しかし、韓国国籍の場合は外国人登録済証明書に「韓国」と記載されていても、次の理由から、韓国国籍を証明しえないのである。すなわち、従来朝鮮人については、前記理由から外国人登録上の国籍をすべて「朝鮮」として処理してきたのであるが、その後一部の者の強い要望もあり、「今後は本人の希望によつて「韓国」として処理してさしつかえないこととする。」という法務総裁談話(昭和二五年二月二三日)をきつかけとして、単に本人の希望のみに基づいて外国人登録上の国籍を「韓国」として登録し又は右国籍「朝鮮」を「韓国」に書換えるという取扱いが行われるようになり、右取扱いは、便宜的に過ぎるとの反省から昭和二六年二月二日出入国管理庁長官通達により外国人登録上の国籍「朝鮮」から「韓国」への書換えには韓国在外国民登録法による大韓民国国民登録証の提示を要するとされるまで行われた。このため、それ以前に外国人登録上の国籍を「韓国」として登録し又は右国籍「朝鮮」を「韓国」と書換えた者については、韓国に属することの証明を要しないで「韓国」と記載されているものがあるから、外国人登録済証明書のみによつては韓国国籍を有するものとは認められないのである。この点、国籍「韓国」の記載のある外国人登録済証明書と後記の永住許可事項の記載のあるそれとでは韓国国籍認定資料として証拠価値に差異があるのである。そして、原告金の国籍「韓国」との外国人登録も、右の便宜的取扱いが行われていた時代になされたものであるため、本件登録済証明書のみによつては、原告金の国籍を韓国と認めることはできないのである。
(4) なお、日本国に居住する大韓民国国民の法的地位及び待遇に関する日本国と大韓民国との間の協定の実施に伴う出入国管理特別法四条に基づく永住の許可を受けている者については、その者が韓国国籍を有していることを確認した上で協定永住の許可が与えられているので、外国人登録済証明書に協定永住の許可事項の記載がある場合には、外国人登録済証明書によつても戸籍上国籍を「韓国」と記載することが認められている(昭和四二年六月一日民事甲第一八〇〇号法務省民事局長通達)。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右認定の事実によれば、第二五九四号通達は在日朝鮮人の法的地位の歴史的沿革に照らして合理的なものであつて原告ら主張のような違法の廉は何ら存しない。
してみれば、堺市長の本件戸籍事務処理には「違法な第二五九四号通達に盲目的に従つた違法」があるとの原告らの主張は、その前提を欠き理由がない。
なお付言するに、<証拠略>によれば、原告らの主張する昭和四〇年一〇月二六日付け法務省見解は、「韓国」への書換えを強く要望してきた者があるので、本人の自由意思に基づく申立てと、その大部分には韓国代表部発行の国民登録証を提示させた上「韓国」への書換えを認めた。このような経過によつて「韓国」と書き換えたものであり、しかも、それが長年にわたり維持されかつ実質的に国籍と同じ作用を果たしてきた経緯等に鑑みると、現時点からみればその記載は大韓民国の国籍を示すものと考えざるをえない。」として、国籍「韓国」と記載のある外国人登録済証明書により韓国国籍を認定できるとするかの如くであるが、これは、その前後の文脈の中で見る時、外国人登録上の国籍を「朝鮮」から「韓国」に書換えた者の中から「朝鮮」に再書換えを希望する者が出て来たが、この者に対しては当時の情勢に鑑み本人の希望だけで自由に再書換えを認めることは相当でないことからその旨を明示したものと解するのが相当であるから、第二五九四号通達は原告ら主張のように右法務省見解を修正・変更するものではない。
(三) 「準拠法決定における国籍の認定と矛盾する違法」について
確かに、認知の要件については、法例一八条により父に関しては父の属する国の法律により定めることとされているため、認知する者が外国人である場合にはその者の国籍を認定する必要があるが、本件の如く分裂国家の場合については、分裂国家のうち認知する者が生活関係上最も密接な関係を有する国家又は政府の法律によることができるというのが有力な見解であるところ、<証拠略>によれば、本件はいわゆる分裂国家に属する者の準拠法の決定の場面であるが、堺市長としては、認知届書に添付された資料からは原告金の国籍をいずれとも認定できなかつたが、同資料から原告金がその生活上最も密接な関係を有する国は韓国であると認定することができたため、分裂国家の準拠法決定に関する前記見解に従つて韓国法を適用したものであつて、原告金の国籍を「韓国」と認定したものではないのである。
よつて、原告らの前記主張は理由がない。
四 以上によれば、原告らの請求は、その余の点につき検討を加えるまでもなく、いずれも理由がないことが明らかであるから、いずれもこれを棄却することにし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松尾政行 河村潤治 山本善彦)